篠山藩の時代から、『数学』は素晴らしかった!!

6月4日(木)、今年の篠山市民文化講座の開講。

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1748年8月3日、
青山氏は亀岡(当時は亀山)藩から、
   松平氏の篠山藩への所替えを命じられた。

その時の藩主は青山忠朝であった。
  明治維新まで、青山家が篠山藩主だった。
 
  その青山家26代当主・青山忠靖氏による
         『青山家と篠山の文化史』の講演。

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 譜代大名の多くは、『政務』=「幕府への忠誠」
   〔幕府の維持〕を図ることを主とし、
  なかには領国統治がおろそかになる場合もあったとのこと。

 では、篠山藩・松平氏、青山氏の場合、どうだった・・・

  老中など要職を勤めた藩主もあり、
    いわゆる経費もかさばり、年貢もきつかった。
  一揆も歴史に残っている。

  現在の「鳳鳴高校」の前身となる藩校『振徳堂』は
   学問を志す者は誰でも学ぶことができた画期的なものだった。
   
    1766年創設だということだから、すごいことかと・・・

   その藩校の特徴は『算術』に力を入れていたとのこと。

 その前の松平家の時代にも、
    『万尾時春(マオトキハル)』という偉人がいたという歴史もある。

 万尾時春 http://www.city.sasayama.hyogo.jp/hiro/23bano.html

テーマ : 丹波篠山
ジャンル : 地域情報

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是非、篠山においでください。
勝手な情報がお役に立てば、良いのですが・・・・

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