古文書入門講座で現地学習・大山の「園田家」と「本来寺」に

公民館主催の〔古文書入門講座〕での現地学習

9月1日〔月〕 あいにくの雨であった。

 常松先生から古文書にかかる「薗田家」についての説明を受け、才本建築士から何とか復元できないかと期待感を持たせてもらったあと、建物の中を見学させてもらった。
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   古い大きな建物。
     いわゆる大庄屋さんだったとか・・・
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   雨で見学中止となったが、丹波市との境界のトンネルとか、農業用のため池とか、すごい土木工事も・・・

 お寺も・・・・
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浄土宗修攻山本寺
  縁起に
   領主松平紀伊守御内松平図書由房殿母堂寿光殿仏道に入り・・・・・庵室を・・寿光院本来寺
   ・・・・・爾来20年領主紀伊守殿亀山へ・・・・宝暦8(1758)年因幡守に願い・・・宝暦9年浄土宗に

 寄進された石灯籠に『寛保二戌年』 一年に見えるが・・・・  2年ならば1742年
    『松平圖書』と読める
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雨天のため、予定変更となり、篠山城跡三の丸に。。。。
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いろいろ学習させていただいた。
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松平時代の『多紀郡内封地の寺院帳』に『修攻山本来寺』---多紀郷土史考上巻

  松平若狭守康信(やすのぶ)が慶安2(1649)年高槻より転封。

  子・松平駿河守典信(すけのぶ)に寛文9(1669)年に60歳で譲るも、寛文12(1672)年に44歳で卒去。

  子・信利(のぶとし)が14歳で。 延宝4(1676)年卒去。

  信利の弟・信庸(のぶつね)が12歳で。延宝8(1680)年に豊前守に。

  松平豊前守信庸は元禄6(1693)年に紀伊守。 享保2(1717)年52歳で逝去。

松平佐渡守信岺(のぶみね)は享保7(1722)年に紀伊守。 寛延2(1749)年1月23日亀山へ転封。
   -----寛延元(1748)年8月3日国替えの幕命

青山因幡守忠朝が篠山藩に。。

テーマ : 丹波篠山
ジャンル : 地域情報

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是非、篠山においでください。
勝手な情報がお役に立てば、良いのですが・・・・

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