今田町小野原・和田寺にお邪魔させてもらいました。多紀33観音4番

6月8日、和田寺(ワデンジ)さんに。
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  多紀33観音。 そして「新多紀33ヶ所」といろいろあることを教わった。

    更に「88ヶ所霊場巡拝」。
       今でも、バスで巡拝される方があるとのこと・・・・・
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    新しいところでは、【近畿楽寿観音33ヶ所霊場】。
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裏山に登る途中にも、いろいろと案内表示があった。
  静寂な森の中に観音堂。
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 「33」という数字は、観音さまは33の姿に変身されるということからだそうで・・。。

 住職さんにアドバイスを貰った。時計とおなじ右回りに廻っていると。観音めぐりなど・・

646年と書いてあった。  大化2年。  東光寺と。。
  山上にお堂ができ、いろいろな歴史の中で、1392年和田寺となったとの・・・・

 興味深いのは、【後水尾天皇妃の新広義門院】との繋がりがあったとのこと。
  寛永~延宝年間とのこと。
 
 この多紀33観音は延宝2(1674)年に篠山藩主・松平若狭守康信による。

  その康信が事実上後見した孫の信庸(のぶつね)が延宝5年に12歳で藩主となり、
     後に京都所司代を勤めた事もあり、そんな関係があるのかも知れないと思った。
   その松平紀伊守信庸が観音さまを安置する「宮殿(クウデン)」を
                       和田寺に寄進されているとのこと・・・・

       

テーマ : 丹波篠山
ジャンル : 地域情報

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是非、篠山においでください。
勝手な情報がお役に立てば、良いのですが・・・・

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