篠楽通信2017年10月のお知らせ

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福住から河原町までを廻ってみました

福住から河原町まで、街道筋を中心に辿ってみることにした。
 --何度も、福住まで行き来していながら、ブログにしていたり、していなかったりで・・・・

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合成4 (448x315) 

福住と言えば、一つには『住吉神社
20120713住吉神社の庭P7130023 (448x335) 
ブログ:2012.07.13「川原の住吉神社で《祭り》のワークショップ」
 http://sasayamaguide.blog.fc2.com/blog-entry-492.html

明治維新のとき、西園寺公望福住の関わり合い・・・大変な騒ぎだったとか
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ブログ:2013.05.01「篠山歴史美術館」に行ってきました。【篠山の明治維新】
 http://sasayamaguide.blog.fc2.com/blog-entry-291.html

江戸時代の名残は、殆ど見つけることができないが・・・
 一里松(一里塚)
  篠山城から京都に向かって、一里ごと、松を植えさせたと・・
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福住地区が2014年12月28日に市内2件目の
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篠山市のHP2014.12.26 福住伝統的建造物群保存地区(宿場町・農村集落)の町並み<
href="http://www.city.sasayama.hyogo.jp/pc/group/shakaikyoiku/city-planning/post-177.html
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福住地区のボランティアガイドも発足され、現地研修に参加した。
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ブログ:2014.06.21 篠山市福住 重伝建地区を現地研修
 http://sasayamaguide.blog.fc2.com/blog-entry-626.html

福住地区にはいろいろな伝承があり、その代表的なひとつ
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ブログ:2013.05.04 篠山市福住の禅昌寺 伝説の「白井半左衛門」
 http://sasayamaguide.blog.fc2.com/blog-entry-296.html

福住小学校は統廃合されたが、「金次郎」さんは・・・
篠山市のHP:多紀地区の小学校の今昔
https://www.city.sasayama.hyogo.jp/rekishi/photo/rkph08.html
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 --2013年に訪ねた時は、しっかりと・・

本日、行ってみたら、相変わらず頑張っていた。
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福住の端には大きな一本杉
 ココに地元の販売所も開設された
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ー2013年撮影
 ココで、あの「水戸黄門」のTVロケもあった。


福住地区をR372を西に向かうと、
 小野地区に延喜式による山陰道の小野駅址とあるが、
具体的な場所は、広さから判断しても、違う所かと・・・
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篠山市のHP: 丹波ささやま五十三次 > 山陰道の小野駅跡(小野新)
http://www.city.sasayama.hyogo.jp/rekishi/53sasa/53073.html


ブログ:2013.10.27 篠山ユネスコ、中野先生が最後の講師 「ふるさとを知ろう」
 http://sasayamaguide.blog.fc2.com/blog-entry-344.html





更に西に向かうと「辻」地区に至る。

 このあたりから、中世の歴史の宝庫。


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ブログ:2016.11.23 「辻地区で山城址整備作業を手伝い(体験)し、山道を散策」
  http://sasayamaguide.blog.fc2.com/blog-entry-805.html
  http://sasayamaguide.blog.fc2.com/blog-entry-806.html

淀山城址

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あの井上靖が小説「戦国無頼」で、

高城山』を見たのはこのあたりからか・・・・

  明智光秀との闘い・・・八上城址

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 ーー今は道路も良くなって・・・・


その「辻」の交差点を右折すると、旧道に入る。

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篠山市 - Google マップ 辻 (448x218) 

 --グーグルのMAPを利用しています

 

そこは、「波々伯部神社」を中心とした町並み。

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20120805波々伯部神社P8050009 (448x336) 

 お祭りの時に貰って玄関先に貼る・・

 「無事でいたい」-「藤」と「鯛」

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ブログ:2013.08.04「波々伯部神社 3年に一度のきゅうり山」
 http://sasayamaguide.blog.fc2.com/blog-entry-315.html
ブログ:2016.07.23「波々伯部神社」ー丹波の祇園さんー冊子の発刊
 http://sasayamaguide.blog.fc2.com/blog-entry-793.html


ココにも一里松の跡が・・・・

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この街道の最後のあたりで「地寄地蔵」

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ブログ:2013.06.13「松平又四郎」
 http://sasayamaguide.blog.fc2.com/blog-entry-302.html
ブログ:2015.03.26「亀岡に行ってきました。青春18切符 亀岡(亀山)と篠山 松平家と青山家」
 http://sasayamaguide.blog.fc2.com/blog-entry-722.html


「上宿」の交差点、ここを正面に行くと、「日置地区」の旧道。

篠山市 - Google マップ 日置 (448x221) 


曲がって直ぐに「六本柳」。

篠山市のHP>丹波ささやま五十三次>六本柳(上宿)
 https://www.city.sasayama.hyogo.jp/rekishi/53sasa/53059.html

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この「六本柳」の後方に見えるのが、「篠山川」の対岸にある「剛山」

「こうやま」と読み、様々な漢字が当ててある

そして、そこには、「義経」が・・・

篠山市のHP>丹波ぶらり散歩道>源義経①
 http://www.city.sasayama.hyogo.jp/siryositu/burari16.html


義経が、奉納したと言われる馬の鞍が残っている

 (場所はこことは違います・・・)

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この日置の街道に大きな道標が残っている

 --篠山でたくさんあるなかで、立派な道標の一つ

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この付近に「磯宮八幡宮」があり、足利尊氏が立ち寄った。

ブログ:2014.10.21「磯宮八幡宮を見学(面白ゼミナール)」
 http://sasayamaguide.blog.fc2.com/blog-entry-665.html


この古いムラには、「中立舎(ちゅうりつしゃ)」があった。

 以下、日置地区の資料です。

(8)石門心学と「中立舎」 「石門心学」というのは、今から三百年程前丹波(亀岡市)出身の、石田梅岩が仏教 の教えや神道、儒教、道教などの中心思想をまとめ、町人や農民、子ども達にも判り 易く、また商売の仕方や、倹約、正直など町人道徳だけでなく、すべての人々に判り 易く、心学講話として(人間としての生き方)説き、多くの人々から感銘を受けまし た。その心学講話が、私達の住んでいる町、日置で行われていました。 本家波部の先祖の方が始められたのですが、本家波部は、元辻の淀山城主として、 波々伯部の土地を治めていました。戦国時代末期の明智光秀の八上城攻めの時には、 最後まで波多野氏に味方として戦いましたが、落城と共に帰農して、酒造業を営みま した。 江戸時代の初期には、波々伯部の姓を短く「波部」と改姓して以来、篠山藩政下で、 代々庄屋や大庄屋を努めました。 六代目の波部六兵衛次賢の時、梅岩の高弟手嶋堵庵とあん の講義にすっかり傾倒して、宝 歴頃に自宅前に(山尾氏宅)「中立舎」を創設し堵庵先生を招聘して、講義を行った時 は一日に八百人から千人の人々が、聴講したといいます。また、幕末から明治初年頃 には、寺小屋が数軒でき、多くの人々が勉強する風潮によって、日置の里は、「勉強す る里」として、盛大であったと伝えられています。

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秋の「日置地区」の街道筋のイベントが素晴らしい

 写真は2010年の秋

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国道沿いに大きなイチョウの木

 この下に祠も祀ってあって、「脱衣婆」かな?

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最近大掛かりな剪定をされたが・・・


日置地区の旧道から、八上地区の旧道に

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篠山市 - Google マップ 八上 (448x219)

分岐点を西に向かって走る、暫くすると、道際にある。

 --良く判らないが・・・

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このあたりから、北を見ると篠山の三岳を中心に

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左手の山は高城山。神社仏閣が続く。

 八上城から、篠山城に、時代が変わった時に、

  寺も、個人家も、マチの名前も、篠山城下町に移動した。


この旧道沿いにも「一里松」のあと。

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 --篠山城から、一里。

  波々伯部神社で二里。

  そして、福住で三里。


国道に出て、国道を走って河原町に向かう。

または、篠山川の橋を渡って、川沿いに西に向かい河原町に。


今の篠山川は落ち着いた様子を見せているが、

 むかしは大変だったようだ・・・

 かつては「大芋(おくも)川」と呼ばれ、

上流には「大蜘蛛」伝説もある。


立派な橋が、高城山を対比的に際立たせている。

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 ココがかつては大変な激流だったとのこと。

野間里づくり協議会 (448x302) 

  -この画像は「野間里づくり協議会」に資料による


ブログ:2013.06.13「野間の弁天さん」
 http://sasayamaguide.blog.fc2.com/blog-entry-300.html


上流に上ると「般若寺(はんにゃじ)」に「八幡橋」

 ココからの景色が個性的で好きなポイント

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  -下流に向かって


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 -上流に向かって、「一本桜」と「弥十郎が嶽」


篠山市 - Google マップ 河原町へ (448x217) 


いよいよ河原町に。

 東の入り口に。

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町並みは普段は静かな雰囲気で。

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奥に長い屋敷で、多くの家が、庭を作り採光を図って。

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**

 先日訪ねた滋賀県の甲賀市土山は東海道五十三次の街道筋。

たくさん有った旅籠跡には石柱で。

各家で屋号を看板で。

 素晴らしいなと感じ、あらためて各街道を廻ってみた次第でした。

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  津山の皆さん、お世話になりました。


テーマ : 丹波篠山
ジャンル : 地域情報

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是非、篠山においでください。
勝手な情報がお役に立てば、良いのですが・・・・

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