愛知県犬山市 犬山城 青山家と成瀬家

篠山市民文化講座現地学習

 7月6日・犬山城と名園。


朝早くバス4台で犬山市に向かって高速道路を!!

 しかし、意外と遠い犬山市

  --到着後早速、みんなで昼食

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名園。。

 園内に国宝『如庵』

  国宝の茶室が3件あるうちの一つだと説明があった

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そして、いよいよ犬山城

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現存天守の一つで、最近まで「成瀬氏個人」のお城だった。

 ---以前、個人で訪ねたときはそうだった・・・




今年の開講式(6月1日)の講師は

  成瀬淳子氏(第12代・犬山城主)

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成瀬氏と一緒に、サポータ仲間と記念写真

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篠山市と犬山市は「災害協定都市」から「姉妹都市」に。。

篠山市のHP/市長日記/2016.4.5 犬山市に姉妹都市提携モニュメントを設置 http://www.city.sasayama.hyogo.jp/pc/mayor/diary/post-1014.html

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地元ガイドさんの説明を受けながら、天守閣まで頑張って登った。

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天守閣の前に着くと、成瀬淳子氏が迎えに来ていて下さった。

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早速、地下から入る形で・・・

 大きな梁が眼に。

  手斧で削った跡がはっきりと・・・

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きつい勾配の階段を上り、最上階で木曽川を見た。

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犬山藩と丹波の国・篠山藩とのかかわり合い。

 犬山藩主・成瀬正肥(まさみつ)は篠山藩主・青山忠良(ただなが)の三男。

  その忠良は全藩主・忠裕(ただやす)の四男。

    老中を長く続けた名藩主の一人だろう。。

  忠良の隠居により二男・忠敏(ただゆき)が継いだ(最後の藩主)。


元々、成瀬家は尾張藩の附家老職。

  --その附家老(つけがろう)は徳川幕府初期、将軍が任命し御三家に対して政務や軍事の補佐を行うとともに藩主の養育の任もあり、いわゆる幕府直轄のお目付け役として『御附家老(おつけがろう)』と言われていたとのこと。


成瀬氏の講演で説明もあった。

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その成瀬家に養子として正肥(まさみつ)は尾張犬山藩主・成瀬正住と縁組した。

  正妻が正住の娘で、いわゆる「入り婿」のスタイル・・




 それぞれの附家老職にある分家は、独立して大名になるよう、それなりの画策をしていたそうだ・・  幕府体制が確立してくると、ある意味、無用な職になっていたのだろう・・・。参勤交代なども大名並みに取り扱いされていたとのこと。


青山忠良の子供がたくさんあり、養子縁組もたくさんあった。

  譜代大名の名門・青山家ということもあり、また父・忠裕の名声も影響していたと・・


その尾張犬山藩から、正式に犬山藩として藩主と認められたのは、1868年王政復古の大号令の際、朝廷から認められたという、皮肉な歴史を持つ。



祭りの山車の展示も:::篠山の山車と一緒で京文化の影響が読み取れる

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**** 驚き ****


雷がなせる災い・・・

 ---中日新聞による

落雷で犬山城のしゃちほこ破損_一面_中日新聞(CHUNICHI Web) (446x448) 

犬山市のHP 2017.7.17引用
犬山城天守への登閣再開について
7月12日(水曜日)の落雷(推定)により、天守北側の鯱(しゃちほこ)の一部破損や、天守内の保安設備などが故障し、13日(木曜日)より天守への登閣は不可としていましたが、15日(土曜日)までに復旧及び確認作業を終えました。これにより、天守登閣の安全は確保できると判断し、7月16日(日曜日)午前9時より天守への登閣を再開します。
また、破損した鯱の破片の一部については、天守1階北側にて同日より展示いたします。
成瀬氏の心労は大変なものと・・・・


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篠山三大毘沙門窟 小原の毘沙門窟に1月3日・初寅の日 参拝


篠山三大毘沙門窟」と名付けました。

ブログ:大芋(おくも)地区の毘沙門天(2013.12.3)・
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初寅の日にお参りすることで、いろいろな「福徳」を授かるという、冬の一大イベント。
 毘沙門天が寅の年、寅の日、寅の刻に、出現したということらしい。

 「武運長久」を祈願すると思っていたが、「五穀豊穣」「家内安全」もと。。。
   --ある意味、共通することかも。

毘沙門窟。「洞窟」がある山だから岩山、水持ちの悪い地域、そうすると農業が難しい・・・そんなことから、祀ってあるのかもしれない。。。

毘沙門天」を調べると、「四天王」としては「多聞天」となるのだそうだ・・
  多聞天としては北方を守る神さま。

*篠山市内にあるぃに指定文化財・木造多聞天立像
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なぜ、その多聞天毘沙門天なのか?? 良く判らない・・・・


ともかく、ここ毎年、登ってみたいと思っていて、やっと。。。

朝6時に現地駐車場に集合であったが、
 (6時半と間違えて)、急いで急いで現地に駆けつけた。
 ---道中、びっくり、。。。小鹿と遭遇。

真っ暗な中、懐中電池が頼り、動物が出てこないか心配・・・
 とりあえず、滝に。。。
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ココからいよいよ登り道。足元は石がゴロゴロの道。
 
 よく見ると、大きな岩肌がいっぱい。
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道中の撮影はともかく、何とか皆無事到着。
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 早速、洞窟内に祀ってある「毘沙門天」を参拝
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洞窟の中の毘沙門天の前から外を臨むと、空が明るくなってきていた。
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暖を取る意味もあってか、入り口でたき火。。この煙がまた一種独特の雰囲気が、煙たさと一緒に。。。。
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日の出を待っていると、登ってきた谷道をアッという間に、霧が覆うように攻めてきた。
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待っている間に、案内していただいた前田さんが貰われた。。。
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いよいよ、じわじわっと・・・・
 山の向こうに、雲があり、山の端からの御来光はムリとしても、何とかなりそうな・・・
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撮影には、ちょっと高圧線がジャマなんだが・・・

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この「太陽の灯り」が、洞窟内の祭壇を照らす瞬間。。
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人影で、この状況を想像していただきたい。。。

良かったと、満足感一杯で、下山。。。
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後ろに見える山をグルリと東側に廻ったところが、毘沙門窟。。。



地元の方が編集されているとのことで、お勧めします。
綺麗な写真がいっぱい!!

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篠山城・八上城:城下町巡り<>「ウイズささやま」主催の日本遺産のイベント

12月4日・7日と続けて参加した。
「日本遺産をめぐる篠山ウォーキングツアー」


 

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篠山城は1609年、徳川家康の『天下普請』による築城。
 1605年に将軍職を秀忠に譲っているので、家康は「大御所」と呼ばれていた。
 この時、八上城に居た「松平康重」が城主となる。
篠山市HPより>篠山城築城の構想:https://www.city.sasayama.hyogo.jp/osyoin/mono01.html

この「松平康重」は1568年の生まれ
  家康は1566年、松平から徳川と改姓した。
 *もちろん、康重と名乗ったのは後のことで・・・
  ーー駿河国三枚橋城松平康親の長男。天正11年(1583年3月16日元服の際に家康から「康」の偏諱を授かり康次、のちに康重と改めた。ーーとある。

岡崎城に戻った家康(当時は元康)
 ー1560年(永禄3年):桶狭間の戦い今川義元が敗死 
   1562年(永禄5年):妻・築山殿は岡崎に戻るが、
                       岡崎城に入れず・・
   1567年(永禄10年):長男・信康(9歳)は岡崎城に戻る
                (信長の娘と結婚)
   1570年(元亀元年):築山殿が岡崎城に入る。
                岡崎城主は信康
   1570年(元亀元年):家康は浜松城に移る
    ~~信康は1579年(天正7年)、
           信長に謀反の疑いをかけられて自刃
      
康重は、家康の侍女であって、松平康親に嫁したときに既に懐妊していたといわれ、家康から懐刀を受けていたとか、家康の落胤説も。
  --1568年生まれということは、信康は岡崎城に居て、築山殿は岡崎には居たが城外に。
 
 *築山殿(生年不詳 - 天正7年8月29日1579年9月19日
  • 長男・松平信康(母:築山殿)
    生誕永禄2年3月6日1559年4月13日
    死没天正7年9月15日1579年10月5日
  • 二男・結城秀康(母:小督局)
    生誕天正2年2月8日1574年3月1日
    死没慶長12年閏4月8日1607年6月2日
  • 三男・徳川秀忠(母:西郷局)
    生誕天正7年4月7日1579年5月2日
    死没寛永9年1月24日1632年3月14日

仮説:もし家康の子供だったら、信康に次ぐ二男だったことになる。



まずは「八上城」に挑戦。高城山登山。
 集合して、みんなで掛け声!!
  「ウイズささやま」!! 『オー!!』と。
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説明を受けながら登り、途中で眼下に街並みが!

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頑張っって登り、説明を受ける。この繰り返し・・・

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そして休憩は、眼下に広がる・・・・
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この眺望が、疲れを忘れさせる・・・・

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頂上(本丸)で、食事。。

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当時は樹木もないことから、
    町の広がりを想像して撮影。

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伝説の井戸など見ながら・・・・

下山して、西に廻り、当初の館があっただろう「蕪丸」址へ。

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ーー最後の下山ルートは、ややキツかったが、全員無事!!
    中世の城を後にして、バス移動。
 近世の城・篠山城

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 いわゆる「上段の間」の上がらせていただき、
     みなそれぞれ殿様気分を(笑!)・・・・

12月4日は、この二つの城址を巡った。
 一つのまちに「中世の山城と近世の平城」があることが珍しいこと。

 駆け足気味の城巡りであったが、貴重な体験もでき楽しい一日であった。

続いて7日の城下町巡り

ますは「青山歴史村」・「デカンショ館
ウイズささやま」のHP>青山歴史村http://www.withsasayama.jp/REKIBUN/aoyama_top.htm

ウイズささやま」のHP>デカンショ館http://www.withsasayama.jp/dekansyo/index.htm

⑪青山歴史村 (448x317) 

短い時間であったが、まさに「楽しい!!」。

 次に「安間家
ウイズささやま」のHP>安間家http://www.withsasayama.jp/REKIBUN/anma_top.htm

⑫安間家 (448x296) 

「南馬出」の堀側を廻り、かつての「黒岡川」のあとを散策しながら、河原町へ。
 
 この「黒岡川」は、築城時、篠山川に直流していた川を直角に曲げて、外堀の更に南側を流し、そしてその南側に「篠山川(大芋川)」と、築城の際に事実上の堀としたもの。。。
  ---今は、洪水の被害をなくす意味で、篠山川にまた直流させている

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「河原町」
  元は篠山川の流域であったが、築城時、土手を築き流れを一段南側にし、その跡地の街並み。

  先に書いた、「黒岡川の跡地」=散歩道も、元々は「篠山川」の流域であったのであり、築城時、直流していた「黒岡川」をそこに流したと考えるのが自然のことかと・・・・

その河原町で、『山車』を見学させてもらい、街を散歩。
 「袖ウダツ」が河原町の特徴の一つだと説明を受けた。
 

⑭河原町 (448x296)

 「負け嫌い稲荷」で有名な王地山の麓に「陶器所」
   藩主が愛した「磁器」。
ウイズささやま」のHP>王地山陶器所:http://www.withsasayama.jp/ojiyama/index.htm

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昼食後、ぶらりと・・・・
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ココも「負け嫌い稲荷」

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この「又四郎」は歴史的に興味深い。

最後は「歴史美術館
  もとは裁判所・。
「ウイズささやま」のHP>歴史美術館http://www.withsasayama.jp/REKIBUN/rekibi_top.htm

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ココのガラス「ギヤマンガラス」と言うのだそうだ!!
 
 二日の案内を頂いて、頭がパンクしそうだ(笑!)

   ありがとうございました。


参考に・・・・

篠山市のHP>八上城悲歌 丹波富士・高城山:https://www.city.sasayama.hyogo.jp/siryositu/yakami03.html

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陶器の丹波焼、磁器の王地山焼 篠山の窯元

「ウイズささやま」の「日本遺産めぐり」。
  篠山城跡三の丸広場からバス移動(9:30)
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まず県指定の文化財でもある「登り窯」を!
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 説明をしていただいたのは「大上」さん
  自ら言われていたが「おおがみ」さんはいっぱいおられるとのこと。
   で、名前「裕」さんで呼ぶか、窯元「昇陽窯」さんで呼ぶか・・・と。

 今月の18日からのイベントを紹介していただいた。
  ーーこの登り窯で『焼成』 
     夕方暗くなって、真っ赤な火が…是非見学にと。

窯元を訪ねて。。。
いろいろ、教えてもらったり、体験させてもらったりと。 

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ココだけという、「大根すり」を購入した。

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 お茶室で、もてなしを受けたりと・・・・
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電動ロクロを体験させてもらった。
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  なかなか、うまくいかない。不器用な・・・・(笑!)
   貴重な体験をさせていただいた。。。。
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『陶の郷』に移動。

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初代:昇陽窯元の大上昇さんの作品。『エビ』に注目!!

ーー窯元横丁に入ると

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 言われていた。
  食器は、長く使えて、美味しく思えるものをと・・・
 
寒い小雨が降る中、お昼となって、持参したおにぎりを。。。
 中のレストランを利用すれば、暖かい環境で、暖かい食事ができたなぁ~と・・・・・




13時にバス移動。河原町に向かう。
 来る時もそうだったが、バス中で、いろいろと案内していただき、なるほど! なんて感じながらしていると、到着。

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早速、中西さんが説明していただく『古陶館』。
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  古い穴窯の案内地図もあった。
   --かつて、何かのイベントで行ったところも。。。

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しっかりと説明を受けたのだが・・・・ 
「磁器」と言えば、元は石…というイメージがあるので、粘土という風に、頭の中で、結び付かない・・・・・(笑!)

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 体験コーナーで、まず実演をしていただいた。

  粘土板を型の上に置き、上から布をかけ、丁寧に抑えると、その型に彫り込んである模様が見事に・・・・
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これは、すごい! と。。。これはできない・・・と思ったら、これではなく、「箸置き」の絵付け。。。
 絵心がない自分には、大変な苦闘だった。ーーー画像なし

 1818年に始まったと書かれているものもあるが、ともかく時の藩主・青山忠裕公の肝いりで始まったそうだ。。。煎茶文化が流行りだったのかも・・・・

今の場所とは違い、王地山稲荷の階段の反対側に、当時はあったそうだ・・・・

その王地山稲荷(負け嫌い稲荷)を小林一三さんが案内していただいた。
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まぁ、夕方近くになってのせいか、一段と寒く。。。
 王地山平左衛門(おうちやま へいざえもん)か(ひらざえもん)か?

 この伝承は、亀岡にもあって、興味深い。。。

最後の挨拶。。
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次回は12月4日、7日と続く。

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テーマ : 丹波篠山
ジャンル : 地域情報

日本遺産の「篠山」を歩く 〔ウイズささやま〕主催

10月22日(土)、ちょっと寒い朝。
 篠山城跡三の丸広場に集合。定員いっぱいの20名参加。
  -歴史美術館を管理されている〔ウイズささやま〕主催の『日本遺産をめぐる篠山ウォーキングツアー』第二弾・『篠山の特産品をめぐるコース』に参加。

 ありがたいことで、当初予定のワークショップ体験料が1000円から400円に値下げとなった。

三の丸広場から、移動。
まずは「丹波杜氏酒造記念館」で「杜氏」さんから説明を聞いた。
 寒い季節に、きつい仕事。伊丹・西宮にたくさんの出稼ぎだった。
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酒造記念館で、歴史を学んで、いざ・・・・

鳳鳴酒造(ほろ酔い城下蔵)に。
 残されている桶とかの説明を受け・・・
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試飲をさせていただいた。。。
 音楽を聞かせて(振動に変えて)、酒の味がマイルドになるのだそうだ。
  モーツアルトにベートーベン、そしてデカンショ節。

気持ちよくなったところで、しばらく歩いて・・・王地山へ。
 --もう少し、試飲を楽しんでも良かったかなと(笑!)

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100段以上ある階段を、ゆっくりと真っ赤な鳥居をくぐって(日本シリーズ開幕の日で、カープを連想して)「負け嫌い稲荷さん」

ここで、昼食。持参のおむすびを食べた。
 --青じその葉を醤油(ニンニク醤油にした)に付け込んで、それを巻いたおむすび。美味しかった。。。

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江戸時代の伝承。

「王地山陶器所」による途中。
 桜の木にモミジの木。さらに見ると椿かな、なにか・・・
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ーーただ道路に面しているので、このままスクスク伸びると、切られる運命にあるかも・・・早めに何とかしてあげたらと・・・。

王地山焼の手作り教室もあるのだそうだ・・・・
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河原町(国重要伝統手建造物保存地区)で「妻入り」・「平入り」の商家群の説明を受けた。
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土日は、地元のお二人が河原町のボランティアガイドをされています。
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河原町から、立町通りに。
 
 苗屋さんでもあり、「黒豆」の世界に誇るお店。
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早速、説明を受け、いろいろ見学をさせてもらった。
 全国の黒豆を集め、選別し、いつでも必要な(特に企業からの注文)時に対応できるように、ものすごい量の黒豆を、冷凍(冷蔵かな)倉庫に保存してあった。
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 ワークショップとして、「選別作業」の体験をさせてもらったが、大変難しい。。。。ダメな豆と、良い豆の選別の限界が難しい。

 たくさんの女性の方が、作業をされていた。男性は粘りがないので、この作業は難しいのだとか・・・(笑!)

撮影不可の場所もあり、カメラは遠慮した。。。。

最後に「黒枝豆」の発送作業場も見学。。。
 ここで、黒豆の標本を手に説明を受けた。
  どのレベルの豆が美味しいのかと・・・・
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そして、実際に植えてある黒枝豆を畑から抜いて、持ち帰らせてもらった。
 --たくさん、良い豆を、ありがとうございます。

帰りには、「ショコラ」も。
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頂いた「黒枝豆」に「ショコラ」の重さをも何のその、小川町を通り、南堀端を歩き、武家屋敷通りに。

安間家資料館」に。
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ここで、煎茶体験。
 生まれて初めてのこと・・・
 「煎茶道優游会」の方にお世話になりました。
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 作法も何もわからずの体験。
  栗餅が美味しかった!! 
 
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何枚か撮影させてもらった中で、お気に入りのシルエットの感じ。。。。

最後に出発地点の三の丸広場に戻って解散。。。

案内していただいた皆さん、ありがとうございました。
 西田さん、お疲れ様でした。
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次回は11月9日(水)
 「丹波焼」と「王地山焼」

テーマ : 丹波篠山
ジャンル : 地域情報

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Author:篠山スマイル
是非、篠山においでください。
勝手な情報がお役に立てば、良いのですが・・・・

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